ムナゲのつぶやきへようこそ!

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2010年2月27日土曜日

虹のかかる島 一章「レイナ」(1) 



第一章 レイナ

 どうして自分は女に生まれて来たのだろう。
 自分の股から滴り落ちるやや透き通った赤い月経血をその目にする度、心の底から神経を痙攣させるほどの憎悪と悲哀にも似た喪失感が、ため息となって目前の空気を白く濁らせる。
 村の一角に立てられた女性小屋で、備え付けられた古紙山から数枚鷲づかみにし、乱暴に自分の股下へ押し当てる。そしてそが眼下で朱色に染まるの見て、屈辱的な気分になる。
 憎たらしくも図ったかのように正確に訪れる女性としての機能が、その度にレイナをまた破滅的な気分に陥れている。
 自分の出生を呪いたくなる。
 だが寸での所で、激動の時代を生き抜いた母の優しく暖かい瞳を思い出し、その衝動を胸の内の牢獄へと封じ込める。
 木製の扉に八つ当たりをするようにして、戸外に出て、洗面台へと向かう。
 まもなく冬を迎えようと本格的に凍てつく風の中、嫌悪感に駆り立てられ、何度も何度も冷水でその両手を清めた。そして最底辺まで叩き落とされた気分を払拭する為に、桶に張られた冷水へ顔を突っ込み、身と心を引き締めた。
 顔を上げ、鏡を見る。
 銀髪碧眼、肉体的強度を感じさせない白い肌、そしてやや鋭い形状の耳。
 マルケナとしての特徴を色濃く受け継いだ、自分の姿がそこにはあった。
 唇をかみ締める。
 緊急戦闘用のバトルナイフとそのホルダーをしっかりと腰に巻きつけ、髪を後頭部でひとつに結わく。
 女性小屋から村へ向かう街道へと戻り、深呼吸をして、胸を出来るだけ張って、一点の隙もないような、悠然とした姿勢で歩き始める。
 街道にそって上る太陽はまだ低く、レイナの影を村から遠ざけるように引き伸ばしている。
「自分だって、帰りたい訳じゃないんだ」
 レイナは自身の後ろ髪を引くその陰に向かって、ポツリと漏らした。
 進まねばならないのに、どこかでそれを拒絶する心が、彼女の足取りを鈍くする。そんな自分に気がつくたびに、深呼吸をして、胸を張った。そのため息の数は、日が昇ってから既にもう両手の指では数え切れない。吐いた息は冷気によって白く濁り、横殴りの日差しを浴びてキラキラと輝いて、証拠として視覚的にレイナに自覚させ、あの暗い気持ちを膨らませようとする。
 そんな負の連鎖に、ほとほと嫌になっていた。

 村に差し掛かると、初老の女性が鶏の卵を採取しようと、桶を片手に小屋の前で準備をしていた。
 無意識的にレイナは彼女を見つめる。そしてその無意識に、すぐに後悔する。
 女性はレイナの身なり、その瞳の色や碧眼と見ると、血の気の足りない表情をより一層青ざめさせて、折れるようにしてその場に座り込んだ。桶にたっぷりと入っていた鶏のえさらしき黄色の粉末が老婆の周辺に撒き散らされ、清潔感をかく前掛けをより一層黄土色に染め上げてしまっている。
 ああ、やってしまった。
 日常的に訪れる後悔だが、未だに慣れる事はない。
 震える女性を起こすために手を貸そうと近づく事も許されない。その行為自体レイナにとって善意であっても、彼女にとってそうとは限らない。場合によってはさらなる恐怖を植え付け、失神させてしまうかも知れない。
 それは繊細な心をもつレイナにとって、生傷がひとつ増えるよりも遙かに辛く、善良な心を深く抉った。
 平静を保とうと勤め、胸をより張り出して村の中心部へ足を向ける。
 しかし歩けば歩くほど、その姿勢は猫のように前のめりになっていく。
 レイナがパン屋を通れば、店は閉店した。工具店の前を通れば、主人が桑を構えた。道端で遊ぶ子供達もそそくさと民家の隅へと隠れ、その先頭を兄貴分が両腕を広げて立ち、警戒心を露にした。
 レイナに向かって駆け出そうとしている子犬を、必死に抱え込むようにして押さえる女の子。
 人々の視線がレイナの体に突き刺さり、姿勢と感情を俯きにする。
 そしていつもの自問自答が彼女の中で繰り返される。
 どうして自分は女に生まれて来たのだろう。
 どうして自分はマルケナに生まれて来たのだろう。
 おそらく永久に答えの出る事のないその問いに、レイナは十七年間も回答を探して、さまよっていた。

 マルケナは男。
 これはマルケス人にとって常識であった。
 そもそも優秀な歩兵としての開発が前提であった為、肉体的強度がより高い男性が重視されるのは当然であった。そして不思議な事に、マルケナはほとんど男しか生まれなかった。
 人間が生殖する際に、ある細工を施す。そうすれば一定の確率で、マルケナが生まれた。
色素が抜け落ちたかのような、透明感のある銀髪に、まるで宝石かのような緑色の目。そして、やや鋭くとがった耳。マルケナの特徴を知らぬ物が見たら、普通の人間となんら変わりは無い、ちょっとした個性とも言える程度の特徴を持っていた。
 マルケナは反射神経と筋持久力、そして視力、聴覚という面で、人間より優れていた。
優れている、と言っても、遙かに凌駕するほどではなく、あくまで人間という生物の範囲内で、である。歩兵が垂直とびで一メートル飛べたなら、マルケナは五十センチ高く飛べた。五十メートルを秒で走ったなら、秒で走り抜けた。走り続けて二日で倒れるなら、三日間耐えられた。より小さな音でも判別できたし、索敵距離に七十メートルの差があった。
 しかし現在の戦況での歩兵戦闘では、そのわずかとも言える差が重大な戦力さにつながった。
 マルケナは高い能力を誇るエリート兵のそれと同等か、それ以上の運動能力を全固体が有していた。
 マルケナを戦場に投入するという事は、その部隊全員をエリート以上の能力に置き換えるという事であって、直接対人による戦闘においては、圧倒的有利という状況を生み出せる。
 同時に、通常の人間とさほど変わらない外見的特長や、怪物的とまでは行かない肉体的有利性は一般市民の恐怖心を煽る事があまり無く、結果として国が言う所の「至上最悪な戦争の終止符を打つ聖者」として迎えられた。
 男は戦闘か仕事に生きる為の生物。
 長い戦争の中で生まれた信仰でそう位置づけられた男性にとって、マルケナは誇りでもあった。

 ところがレイナはマルケナでありながら、女だった。
 レイナの生涯はこのまさにこの地上に誕生した瞬間に、暗礁に乗り上げてしまったようなものであった。
 マルケナは戦闘する新人類だ。だから男であった。
 しかしレイナは戦闘民族であるマルケナとして生を受けたのにも関わらず、女だった。
 人間の延長線的能力を持つマルケナもやはり人と同じで、肉体的強度はマルケナ男性に劣っていた。
 通常の人間より運動能力に優れていても、その幅を考えると、人間の男性と互角か、わずかに不利か。そんな程度の能力であった。女性として生まれた為に、戦闘民族としての能力を犠牲にして生まれてきてしまったのだ。
 そんな彼女が人間の女性として生きる道を選べたかと言うと、そうではなかった。
 人々は戦争に疲れていた。一刻も早く、終戦を迎えたかった。
 あと一歩で終戦を迎えられるというこの状況で、戦闘に参加しないマルケナは迫害のごとく扱いを受ける。国民の願いを一身に背負って、戦場に赴く定め。だからこその誇りだ。
マルケナとして生まれたからには戦闘に参加しなくてはならない。たとえ女性として生まれてきたとしても、人間男性と同等の力を出せる可能性がある以上、女性としての幸せを願うという事は叶わなかった。仮にそれを男性が許したとしても、戦場から戻る夫をまつ人間の女性が、それを許せなかった。
 レイナの母は優しい人だった。始めはただ、身体的特徴だけを引き継いだのだと、その碧眼を見つめて神に願った。
 しかしそれがやはりマルケナの血によるものだという事が判明すると、周囲の目は色を変え、レイナは物心がつく前から、迫害の視線を浴びる事になってしまった。
 レイナの母は心を痛めた。
 女としての幸せの道を、この子にも歩かせてあげたい。
 そんな母性が、母を駆り立てたのだろう。
 徴兵要請を浴びせる軍人からレイナの手を引き、どこまでも逃げた。この子が幸せな人生を歩ける場所へ、彼女がマルケナだという事を知らない場所へ。
 マルケナに女がいるという事を殆どの国民fが知らなかった。だから、遠くに、もっと遠くに。
 母は娘の為に、反逆者となった。
 しかしその願いは叶わず、国境を越える際、駆けつけた軍人によって取り押さえられ、反逆者は死の制裁をもって下すと言う名目の元、処刑された。
 その知らせは大陸中を瞬く間にめぐり、人は「マルケナの悲劇」と言って同情したり、「魔女」と言って恐れおのいた。そして多勢は後者であった。

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