「虹が見たい。」
爆炎と硝煙の嵐の中に、少年は居た。その胸に抱き抱えられた少女が最後に発したその言葉を胸に刻み、ただひたすらに地獄と化した故郷を走り続けた。放射熱で肌は焼けただれ、激しい爆音は既に鼓膜の機能を麻痺させていた。大量に吸い込んだ煤と硝煙で肺機能は大きく低下し、体は思うように動かせず、その視界も既に霞んでいた。全身から伝わってくる感覚は最早大半が激痛で占められ、腕から伝わってくる一人の少女の温もりだけが、彼の意識を現実へ繋ぎ止めていた。
「もうすぐだ、もうすぐなんだ。」
語りかけても返事がない事は分かっている。これは彼女への誓いだ。自分への誓いだ。
彼は自分に言い聞かせるように、そのほとんど感覚が無い左手と、自らの血で赤く染まった右腕を奮い立たせ、彼女をしっかりと抱きかかえ直した。
もう後戻りは出来ない。後戻りは許されない。
彼の足はただ体を走らせる為だけに機能した。地面を踏みつけれる感覚など、もう既にない。そこにあるのは、まるで神経の内側から炎が伝わってくるような鋭い痛みと、ときより蹴りつけてしまう、そこら中に転がっている住人の死体の感触。生を持つ生物から、ただの固形物へと変化したその生生しい肉片が時より彼の足首をさらって行こうとする。
彼の足はそんな死者の誘いを振り解き、ただ彼の身体を前方へと押し出している。
「あと少しで、つくよ。レイナ。」
序章
アリアス・ベルタリア。
北東に位置するミシア帝国と、南西のマルケス共和国。
互いの領地拡大を名目にもう百数十年と戦争を続けている。
太陽の軌道上、つまり赤道から線対称に位置する二つの大陸を、人々は現地の言葉で「相反する血縁」に皮肉を込めて、そう呼んだ。
双子が瓜二つであるのと同じように、二つの国は面積も歴史も戦力も、すべてが均衡していた為、互いに決定打を設ける事が出来ず、いたずらに自身の傷口を広げていた。
しかしそんなアリアス・ベルタリアも、五十年前のある歴史的出来事によって、いよいよその均衡を傾ける時を迎えた。
マルケス協和国の生物学者が行った人体実験により生み出された新人類マルケナは、その容姿のほとんどを従来の人間の姿に保ちながらも、高い肉体的強度を誇っていた。
長い戦争によって物資が不足し、陸戦、しかも歩兵による戦闘が中心になっていたこの戦況は、マルケナという優秀な歩兵の調達によって傾き始めたのである。
ミシア帝国の学者はこの歴史的発明を「非人道的」だとして非難した。
しかし自国の傷をこれ以上広げる事が出来ないマルケス共和国は、「至上最悪な戦争の終止符を打つ、聖者」としてマルケナを昇華、、虚しい争いを沈静化させる為の手段として認可、大量生産を試みるべくして国公認の人体実験が繰り返された。
そしてそれから二十年。
戦闘歩兵として成長したマルケナ部隊を戦闘に大規模投入したマルケス共和国は、均衡した状況を打破、確実にミシア帝国を破滅へと追いやり始めた。
時代は、歴史的大戦争の終焉を迎えようとしていた。
細かい話で悪いんだけど。
返信削除・地面を踏みつけれる感覚→地面を踏みつける感覚 「れ」はいらない気が。
・ときより、時より→時折り
・赤道をはさんで線対称なら、二つの大陸は南北にないとおかしい。
・赤道=太陽の軌道ではない。(太陽が赤道上をぐるっと回るのは春分と秋分だけ)
・「相反する血縁」に皮肉を込めて→「相反する血縁」と皮肉を込めて
・マルケス協和国の生物学者が→マルケス共和国の生物学者が
あと、設定に口出しするのはどうかとも思うんだけど、
戦時中の国家がマルケナの発明から認可まで30年もかけるのは長すぎない?
コメントありがとうございます!
返信削除ご指摘の箇所、時間みてすぐに修正しますね!
たしかに線対称だとおかしいですねw
確かに、認可は時間が掛かっていますね。
実験データが取れるのは15歳前後になってからなので、認可される前に少なくとも数十名以上のマルケナを作っている事になる。それを見て大量生産、だとすると、発明から実践登用まで30年。
大量生産までは様子見だったとしても、数十名を実践に投入できるだけの開発が行われていたとしたら、既に認可が下りていてもおかしくないですよね。
ちょっとそこらあたりも練り直してみますね!