ムナゲのつぶやきへようこそ!

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2010年2月27日土曜日

虹のかかる島 一章「レイナ」(2)

 それから数年して、彼女は軍隊にいた。
 戦闘に参加するためではなく、政府から厳しい監視を受ける為だった。
 そもそもにしてマルケナの身体的特徴が生物学的解釈では解明されていない為、特に、マルケナの女という希有な存在である彼女が、自由の身が約束されるなどありえなかった。

 大将軍メルセデスの御好意により保護観察という指令が下され、ある程度の人権を約束された今でも、未だに国民による迫害の目が彼女に向けられる。
 マルケナの女児はレイナを含めて今まででたったの名程で、なぜか出生の際に母体が死亡するケースが大半だった。またレイナ程まで成長する個体は少なく、殆どの場合は悲劇が待ち受けている為に、マルケナの女児は災厄の証として「魔女」等と呼ばれ、特に生物学的根拠もなく、人々の生活に根付いてしまっている。


 一本道の街道に沿うようにして作られた村、シイラ。
 村の中ほどまで進み、突然折れるようにしてあわられる路地へ進むと真っ白な教会がある。
 シイラに唯一存在する協会であり、今もマルケナを生み出すために積極的に活動してい る数少ない教会だ。
 成長速度は普通の人となんら変わりのないマルケナは、戦力として投入するのに時間がかかるのが最大のネックではあったが、戦争が終結に向かっている今、新たにマルケナを生み出す理由がないという国の方針だ。
 戦争が終結した場合、戦闘から戻ってきたマルケナがどう社会生活に受け入れられ、適応し、またそれがどんな影響を生むのか。
 人間を凌駕する存在に舵を取られる恐怖に怯える国の重役達が「マルケナ凍結指針」を発表したのが丁度七年前。マルケナの人権を尊重するため、あらたなマルケナを生み出す行為そのものが禁止行為とされる事はなかったものの、積極的に行われる事もなくなった。
凍結指針が公布される前までは、すべてのマルケナは専門教育機関に預けられ、国の厳重管理の下、育成がされていた。しかし凍結指針の後に誕生したマルケスに関してはこの限りではない為、一部の間ではなぜマルケナ生産自体をを禁止としなかったのかという非難の声もあったが、戦闘から戻るマルケナへの人権への配慮や金銭的事情等から、政府がこれを強行する事は出来なかったのである。
 「マルケナ生産にはそれなりの資金が必要であり、資金援助の無い今、それを行い続けるのは非常に難しく、また生産的ではないだろう」
という政府の言い訳にも近い公言が議会に提出されたのは、凍結指針採択後の二日後であった。

 そんな中、マルケナに対して未だに強い関心を保っているのが、マルケス共和国南東に位置する、このシイラである。
 シイラではマルケナは英雄として今でも友好的に捕らえられており、国政援助が無くなった今でも生産行為に対して友好的だ。その為、街中ではマルケナ児を抱きかかえた夫婦が散見される。これはシイラならではの風景でもあって、それが国から黙認されるのは、シイラという立地にも関係している。
 マルケス共和国の南東は切り立った山々が多く、その最端に位置するシイラは、主要な都市からの介入を受けづらく、その為摩擦が極めて小さい。その村独特の慣わしが発展しようとも、そもそも村意外からの介入が殆ど無い為、その事実を知る国民自体が少なく、これが問題になる事は少ない。
 しかしマルケナへの関心が高いということは、レイナにとってむしろ不都合である。
マルケナが聖者として捕らえられているのはあくまでも男性限定であって、それゆえの崇拝である。
 魔女や悪魔と言って淘汰される存在に対しても敏感であり、その信仰が絶対であるゆえに、恐怖災厄の象徴とされるマルケナ女児は徹底的に排除される傾向がある。万が一、マルケナの女児が生まれようものならば、その場で崇高なる儀式の元、絶命させられているだろう。
 シイナでレイナが歩けば、歩くだけで村人を恐怖に陥れるという事他ならない。
 それは十分に理解していたつもりではあったが、やはりこの周囲の視線は、レイナの繊細な神経を否応にも傷つける。
 本当は来たくなかった。ごめんなさい。
 レイナは言葉をその口から吐き出す事はなかったが、自我を保つため、何度も何度も意識の中でつぶやいた。


 教会の神父とおぼしき人物が眉を細めてこちらを見ている事に気がつく。
 この視線には慣れている。
 公的機関に立ち入るときは、常にこうして監査役人が見定め、初めて入管を許可されるのであるが、今のレイナにとっては精神的疲弊の対象でしかない。
「お前がレイナ・アルフィナか」
 神父はそういいながら、こちらにゆっくりと歩み寄る。その目線から警戒が解除される事はない。
「そうです」
 相手を刺激しないようにと、澄み切った無風の湖面の如くなだらかで平坦な調子で答える。それと同時に、両手を背中で組むようにして固定し、監視官へ左肩に縫い付けられた腕章を見せる。
 自分は無害である。
 それをいち早く相手に伝える事がもっとも重要な事だと言う事を、レイナは経験で理解している。
 腕を動かした直後は一瞬身構えるようにしていた神父も、背中で固定された腕に戦闘意欲がないと見るや、やや警戒を解いて、腕章が偽物でないかを確認しに近寄ってくる。
「長旅ご苦労だった。官庁がお待ちだ、入れ」
 腕章を確認し終えると、端的に、かつ威圧的にいい放つ監視官。それは正しく軍人のそれで、自身の恐怖を国の大儀に背負わせた敬礼がレイナに向けられる。レイナは軍人が嫌いだった。
「はい」
 指示に対してもっとも端的に返答できる単語を選んで、そのまま目を合わせずに中へと進む。
 太陽光を眩しく反射する白のタイル張り構造と打って変って、その内部は美しい木目が生かされた木造で、鮮やかな朱色のカーペットや群青がかったタペストリーに彩られ、教会としての格調を誇示するかの如くであった。
 私には無縁の場所だ。
 レイナはそう心の中で呟く。
 監視官が官長室を数回ノックし、扉が開けられると、奥には初老の神父が重々しい表情で腰掛けていた。
 監視官に顎で促され、入室する。扉が閉まる際、監視官の舌をうつ音が耳に入った。
「レイナ・アルフィナ特別監査官、参りました」
 レイナは軍法に習って、自分の名前と役職名を敬礼と共に発声した。
 特別監査官。それがレイナに与えられた役職だった。現在マルケス群内でたった一名の役職である。メルセデス将軍がレイナを保護して以来、マルケナ女児の生存には賛否両論あった。国の重鎮達はそれをよしとしないが、メルセデスはそうした差別を徹底的に嫌う人格者だった。
「ならば軍人であれば問題あるまい」
 国の未来を託された軍人であるならば、その生存の理由としては十分強固のものであった。
 しかし現マルケス軍に置いては、性を戦場の現場に置くことをよしとしない軍の方針の為、特別監査官は戦場には赴かない任務内容である必要があった。女性が在籍可能な役職は極めて少なく、またそれらは高度な専門技術が求められた。それら専門技術や作戦考案が出来るようになるには長い年月が求められる。周囲との摩擦が大きい彼女の環境ではそれらを習得するのにさらに時間が掛かる恐れもあった為、これも却下となる。その為メルセデスは大義名分を守る為に役職をを新設して、その第一人者としてレイナを置いたのだった。
 メルセデスデスが一つの結論として出したのが、「単独行動が可能な秘書業務」であった。
 初老の司祭は重々しく腰を上げて、その隻眼でレイナを睨むように見つめている。
「君があの英雄のお気に入りと噂される、お付きのマルケナかね?」
 その台詞は極めて排他的で警戒心を露にしたものであった。到底神父のものとは思えない語意にレイナは眉を細めながらも、頷いた。
「なるほど。確かに見れば見るほどにマルケナの特徴を色濃く感じさせる容姿をしておる。その美しさ、間違えても男ではあるまい」
 己の警戒心を払拭する為の鑑定記録をわざわざ声に出すような品の無い男。だがこれは軍関係の重鎮には共通して見られる点であり、この程度の扱いにはレイナは慣れている。対面している男が教会関係の人間なのか、もしくはそれを装った軍関係の人間なのかを計りかねていたが、お陰でそれも明白となった。
「メルセデス将軍の秘書業務の一端を兼任させて頂いております」
 レイナは膝をつき、片手を胸にあてがって深く頭を垂らす。こういう手合いの対応には慣れている。自分が決して牙を向ける相手ではないこと、忠義を尽くすことを見せ付けてやればいい。こうする事が最も任務を円滑に遂行する為に効果的であることを、その身の経験を持って理解していた。
「うむ、多忙な将軍に代わってその秘書兼任である君が、私の所にはせ参じた、と言う理解でよろしいかな?」
 司祭は背中の腰の辺りで手を組み、窓から天空を望むようにして確認を取る。レイナはその問いに対して「その通りでございます」と、端的に返答する。
「うむ。では、私が将軍に以来した内容については聴いているかね?」
「いえ、極めて秘密性の高い案件とだけ伺っております。その真意については司祭にお会いしてからと」
「よろしい」
 司祭は大げさな素振りでゆっくりと振り返り、レイナを見下ろしている。
「ではこれから貴殿に伝える事は戸外に決して漏らしてはならぬ。よろしいな?」
 レイナはその問いに対して、「はい」とだけ答えた。

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